【小説】人生の分岐点にもし戻れたら…:流星ワゴン 重松清

死んじゃってもいいかなあ、もう……。38歳・秋。その夜、僕は、5年前に交通事故死した父子の乗る不思議なワゴンに拾われた。そして――自分と同い歳の父親に出逢った。時空を超えてワゴンがめぐる、人生の岐路になった場所への旅。やり直しは、叶えられるのか――? 「本の雑誌」年間ベスト1に輝いた傑作。

ワゴン車に乗って人生の岐路へと遡る現代ファンタジー

本日紹介するのは重松清の流星ワゴンです。この作品は2002年に出版されて絶賛され、2015年には西島秀俊香川照之ら主演でドラマ化もされているみたいですね。

ドラマ版については見たことが無いんですけど、原作の小説は重松清の作品の中でも指折りの名作と評されているだけあって、読み応え十分の傑作でした。

38歳の永田一雄は会社をリストラされ、妻の美代子から離婚を迫られ、中学受験に失敗した一人息子の広樹は学校でイジメられ不登校に、生活に切羽詰まった彼は、危篤状態の父親から貰える交通費目当てで田舎へと頻繁にお見舞いに参る日々…

そんな自分の現実とこれからの将来に悲観していた彼は、「もう死んじゃってもいいかなあ」と思い、田舎の駅のロータリー前で酒を飲んで酔っ払っていたら、ふと一台の車が駐車されていることに気づきます。その車に乗っていたのは5年前に交通事故で亡くなったと新聞に名前が載っていた橋本 義明、健太親子の幽霊だったのです。

言われるがままに彼らの車に乗り込むと、これから人生の分岐点へと連れて行ってくれると言います。

そして目を覚ますと、一年前の仕事中に妻が男と連れ立って歩いていた日まで戻ってきます。ただの見間違いだと自分に言い聞かせ、その場を去ろうとすると一人の男に肩を叩かれます。

その男は今の自分と同い年の父親、永田 忠雄、”チュウさん”だったのです。

以上が本作の大筋になります。本作は言ってみれば、現代ファンタジー小説とも言うべき作品であり、幽霊の親子によって人生の岐路へと導かれ、自分と同い年の父親と出会うという文章だけ見れば荒唐無稽なフィクションです。

しかし、父と息子の愛憎入り混じるような絆夫と妻の生々しい男女の仲など、本作で焦点が当たっているのは至って現実的なことばかりです。

もしもあの時に戻ることが出来れば…という誰しもが一度は考える空想が現実となった主人公。しかし、彼はそのことに決して幸運など感じてはおらず、むしろこれからどうなるのかが分かっている分、余計に苦しむことになります。

そんな彼となぜか同い年の姿で現れた父、 チュウさん との「親子」としてではなく、同年齢の「朋輩」として初めて本音をぶつけ合う姿が本作の見所です。

自分の記憶の中にある、強い「父親」

主人公の父親である、チュウさんは裸一貫から事業を起こし、工務店を振りだしに次々と事業を手掛け、特に主人公が中学生の時に始めたサラ金事業の大成功により、地元では一目置かれる名士です。

幼少期の頃の主人公にとって父は強くて、大きくて、怖くて、いつも正しくて、弱い人間の言い訳を決して認めない人でした。主人公はそんな父親のことを畏怖すると同時に、嫌悪しており、長男でありながら父の会社は継がずに都会で就職、結婚し、父との間にはずっと確執が存在していました。

ところが過去の世界で出会った父、チュウさんは、自分が子供の頃の記憶の父と比べると、ずっと小さくて、細く、想像していたほどには強い人ではありませんでした。

実は橋本親子は強い後悔を残して死にかけている人間の元へと現れるのが目的であり、本来は主人公ではなくて、チュウさんを迎えに来ることが彼らの目的だったのです。

橋本親子と主人公から、自分がもうじき死ぬことを告げられたチュウさんは激しく取り乱します。そんなチュウさんの姿を見て主人公は、今まで自分が思い描いていた「父親像」が偽物であったことを悟ります。

ため息が漏れる。こんなに弱いひとだったのか、いや、弱い人だったのだろう、ほんとうは、子どもの頃は気づかなかった。おとなになってからは目を向けようともしなかった。だが、いま、僕は認める。父は、強くもなんともなかった。自分の死すら受け止められない、弱い—ずるいひとだった。

ここら辺のくだりは印象的でしたね。僕も自分の父親が泣いている姿というのは、父の母である祖母が亡くなったときぐらいであり、それ以外に泣いてる姿というのは見たことがありません。

自分にとっての「父親」とは主人公と同じく、強くて、大きくて、怖くて、憧れると同時に憎んでもいる存在です。きっと父親には怖いものなんてこの世には存在しないのだろうと子供の頃には信じていました。父親の背を越した今でも、幼少期に作られた「強い父親像」というのはなかなか崩れ去りません。

しかし主人公は、自分と「同年齢の父」であるチュウさんが死に怯えて、生にしがみつこうとジタバタとしている姿を見て、初めて自分の幼少期の頃の「強い父親像」とは幻想に過ぎなかったのだと素直に認めます。

本作はもちろんフィクションですから、現実には同い年の父親と出会うなんてことはあり得ません。でも大人になってから見る、自分と同い年の父親の姿が想像よりも遥かに小さかったというのはなぜか怖いぐらいに現実味がありましたね。主人公から見たチュウさんの姿が小さく見えたのは、もしかしたら「親子」としてではなく「朋輩」として接していたからなのかもしれません。

総評

本作では父と息子の絆だけではなく、妻の美代子や、息子の広樹との問題も焦点が当たっています。

僕はまだ結婚しておらず、息子もいないため、ここら辺については実感が湧きづらかったですが、重松清の得意な「家族」の絆については十分堪能できます。

父との関係が上手くいってない人、配偶者や自分の子供との関係に悩みがある方、人生に疲れている方は是非本作を一度手に取ってみてはいかがでしょうか。

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