【小説】疾走 重松清:想像を絶する地獄を懸命に生き抜いた15歳の少年の軌跡

  • 小説の概要

今回紹介する疾走は心温まるストーリーで定評のある重松清の作品の中では異色である疾走です。重松清の小説は基本的に救いのある物語が殆どであるのですが、今作ではそういった救いの手を容赦なく切り捨てている点が特徴的ですね。僕がこの小説を初めて読んだのは中学生のときだったんですが、思春期の自分には色々な意味で衝撃的な内容でした。舞台は関西の広大な干拓地が広がる田舎であり、かつて浜場にあった集落は「浜」とよばれ、干拓地が出来てから住み着いた人々の集落は「沖」と呼ばれていた。主人公のシュウジは優秀な兄であるシュウイチのことを慕うごく普通の心優しい少年であり、ある日「沖」でチンピラである鬼ケンと、その娼婦であるアカネと出会うことから物語は始まる…

  • 登場人物のアクの強さ 

登場人物は非常に濃く、悪く言えば胸糞悪い人間が非常に多いです。例えばシュウイチは確かに優秀ではあるのだが、それに鼻をかけて傲慢な性格である。そして主人公の両親、特に母親は優秀なシュウイチのことばかりを気にかけてシュウジのことはまるで顧みない。鬼ケンを殺し、その娼婦のアカネを奪い、シュウジの故郷である町の「沖」を滅茶苦茶にし、シュウジを大阪のホテルに監禁してひどい目にあわせる新田など…これ以外にも主人公の親友である徹夫など、読んでいて吐き気がするような酷い人間が沢山出てきますが、シュウジの憧れの女子であるエリや、過去に後悔を抱えた神父などシュウジのことを気にかけている人物も登場し、シュウジがどれほど酷い仕打ちを受けようともそういった人々と「つながりたい」と強く願って足掻く姿には心を締め付けられます。

  • 崩壊する過程

重松清の小説はどちらかというと、家族の絆の強さをテーマにした作品が多いと思うのですが、本作ではそうした強い絆を持った家庭というものは登場せず、何かが崩れていくような姿を凄まじい筆力で描き切っています。シュウイチは中学生までは学年主席の成績をとり、地域でもトップの高校に進学することになるのですが、地域トップの生徒が集まる学校ではシュウイチは真ん中から少し下程度の生徒にすぎなかった。しかし傲慢な自尊心を持つシュウイチはその現実を受け入れることができず、とうとうカンニングに手を出すようになり、ある日がそれがバレて停学処分となり、引きこもりとなってしまう。親友である徹夫は臆病で陽気な性格であったのだが、実家が経営するお好み焼き屋にリゾート開発を進めるヤクザの青陵会が出入りするようになると、次第に意地悪な性格へと変化し、主人公との仲も悪化していく。そしてある日ついにシュウイチが「赤犬」と呼ばれる放火魔になってしまうと、全てが崩壊しシュウジの一家は放火魔を出した家として村八分とされてしまう。シュウジも学校内で徹夫達から陰湿ないじめを受けるようになる。このあたりの全てがガラガラと崩れていくような感覚は読んでいて恐怖心を感じますが、同時にページをめくる手を止めることができませんでした。

  • 田舎特有の閉塞感 

「沖」と「浜」との間にある軋轢、あっという間に広がる噂、余所者に対する余所余所しさ、そして集団のルールを破った人間に対する厳しい制裁など本作では田舎特有の生々しさが強烈に描かれています。特に殺人よりも放火の方が罪が重いという理由で、「赤犬」を出してしまったシュウジの一家に対する仕打ちは見ていてハラハラしました。

  • リゾート施設の開発と、その頓挫にシンクロするシュウジを取り巻く環境

シュウジの住む町には青綾会の幹部である新田が開発を進める「ゆめみらい」というリゾート施設のプロジェクトが進められていたのですが、しかし「ゆめみらい」の開発を進めるには「沖」の集落が邪魔になりました。そこで青綾会のヤクザ達は「沖」の集落の住人に対して強引な立ち退きを要求するようになります。その過程においてシュウジの同級生であり憧れの人でもあるエリもまた、「沖」からの立ち退きさせられ、東京へと引っ越すことが決まってしまい、しかも工事途中の事故に巻き込まれて片足が不自由となってしまいます。しかしそれだけの無茶な開発を推し進めてきた「ゆめみらい」はバブルの崩壊によりいとも簡単に開発が頓挫し、ただ「沖」を消し去っただけの結果となってしまいます。その過程をシュウジと神父が話し合う場面で神父が「沖」は自殺したのかもしれないと話す場面は印象的でした。

「死んじゃってるよね」

「ええ、死んでます」

「…殺されたのかな」

「自殺なのかもしれません」

  • 裏切られ続ける主人公

主人公であるシュウジは、兄の放火事件からはずっと周囲の人間に裏切られ、酷い仕打ちを受け続けるようになります。親友だったはずの徹夫からは学校内で陰湿なイジメを受け、ヤクザである新田には大阪のホテルに監禁され性的虐待を受け、エリを追いかけて東京の街にたどり着き、その街で新聞配達の仕事についたら、住み込みの同居人に金を盗まれてと…これでもかというほどの過酷な運命がシュウジに襲い掛かります。それでもなおシュウジが人とつながりたいという願いを胸に懸命に生きようとする姿には胸を打たれます。

  • 爽やかなバッドエンド 

過酷な生を生きてきたシュウジに待ち受ける最後…

ネタバレになる為、詳しくは書きませんが私はあの終わり方もシュウジにとっては決して不幸な終わり方ではなかったと思います。ああ、ようやく休むことができたのだなと。最後のエピローグは爽やかな夏の日の光景が浮かんでくるようで印象深いものでした。

  • 総評

もしもハードな鬱小説を求めているならば、本作は間違いなくお勧めの一冊です。上下巻の長編ですが、私は二日で全て読むことができました。それぐらいページをめくる手が止められませんでした。なお本作を原作とした映画版については正直言ってお勧めできません。主演の人間達の演技力の稚拙さもそうですが、余りにも内容をカットし過ぎていて、全くお勧めできません。

https://amzn.to/3wEv2Cn

最新情報をチェックしよう!