【小説】夜市 恒川光太郎

何でも売っている不思議な市場「夜市」。幼いころ夜市に迷い込んだ祐司は、弟と引き換えに「野球選手の才能」を手に入れた。野球部のエースとして成長した裕司だったが、常に罪悪感にさいなまれていた――。

ホラーというより、ノスタルジックな和風ファンタジー

今回紹介するのは、恒川光太郎の夜市です。

本作は第12回日本ホラー小説大賞受賞作であり、第134回直木賞の候補作とまでなった傑作です。

大いに期待して読んでみたのですが、その期待を裏切らない素晴らしい作品でした。

本作は題名でもある「夜市」と、「風の古道」の二本立てとなっています。しかし、両方ともいわゆる「ホラー」という感じではありませんでしたね。もちろん妖怪が登場したりといったオカルト要素は存在するのですが、どちらかというと、奇妙な世界へと迷い込んでしまう「ファンタジー」というほうがしっくりきます。

端正で読みやすい文体と、荒唐無稽なファンタジーではあるが、割としっかりとしたストーリーのおかげで読み進めるのは苦ではありませんでした。それほど厚い本でもないので、一日程度で十分読破できます。

夜の市場へと招かれる「夜市」

「夜市」では、幼少期に弟と共に、夜市へと迷い込み、自分の弟を引き換えにすることで「野球の才能」を手に入れたことに罪悪感と後悔を抱いている裕司が、弟を取り戻す為に再び夜市へと足を踏み入れるという内容です。

この夜市の表現の素晴らしさとして、今まで一度も言ったこともないにも関わらず、まるで来たことがあるかのように感じられるということです。

商人や売られている商品は「一つ目ゴリラ」「老化が早く進む薬」など、現実ではありえないものばかりにも関わらず、まるで目の前に本当に夜市の光景が浮かんでくるかのようです。もしかしたら、幼少期に訪れた夜のお祭りなどの体験を無意識に思い浮かべられるからなのかもしれません。

ストーリーについては、弟の正体などについては、すぐにピンと来てベタなものではありますが、一定以上のしっかりとした構成になっています。

別世界へと入り込む「風の古道」

「風の古道」は「夜市」よりも、さらに好きな作品です。

友人のカズキと共に、幼いころに入り込んだ不思議な道へと入り込んだ主人公。

彼らは、道の途中にある宿屋で、親切な主人と、永遠放浪者のレンと出会います。元の世界へと帰る為に道中をレンと共にすることになるのですが、途中でコモリという名の、なにやらレンと因縁がある男に襲われて、カズキが重症を負い死んでしまいます。

主人公はカズキを生き返らせることができる寺が存在するという噂を信じ、レンと共にその寺を目指すことになるというストーリーです。

この作品の素晴らしいところは、古道の雰囲気とレンというキャラクターですね。

古道は爽やかな夏の風景と、妖怪が歩き回るという不気味さが入り混じっており、子どもの頃に入ったことがある田舎の神社を思い出しました。

レンというキャラクターも、コモリとの因縁や彼の生い立ち、そして最後での主人公との別れとの切なさなど、大変魅力的なキャラクターになっています。

ラストで主人公が成長して、古道のことを思い起こすシーンが印象的です。

季節の移り変わりに吹く風に、古道の匂いを嗅ぎ取ることもある。そんな時、私は水牛車をひく永久放浪者と過ごした夏の旅を、夜の道を去っていった友のことを、断片的に思い出す

総評

「夜市」「風の古道」ともに、非常に美しい幻想的な世界観が醸し出されており、著者の筆力の高さが伺えます。

初めてなのにも関わらず、なぜか懐かしさを感じるという点では、千と千尋の神隠しに通じるところがあると思います。

幻想的な世界観や、幼少期の思い出のような切なさを体験したい方は是非、一度手に取って読んでみてください。

最新情報をチェックしよう!