【小説】現実と物語の境界が無くなる…:ゼツメツ少年 重松清

これは、あなたが読んだことのない重松清――本当の救済がここにあります。小説家であるセンセイに、ある少年から旅の詳細を記した手紙が届く。それは、生き抜くために家出をした三人の少年少女の記録だった。しかし現実の彼らはある事故に遭っていた――。ナイフさん、エミちゃん。手紙にはセンセイの創作した人物まで登場する。これは物語なのか、現実なのか。全ての親へ捧げる、再生と救済の感動巨編。

※ネタバレ注意

重松清ファンなら必見の、幻想小説!

本日紹介するのは重松清のゼツメツ少年です。この作品は読み終わったと同時に、虚しさとも、悲しさとも、感動ともつかない、何とも言えない不思議な気持ちになりました。

序盤は正義感の強い少年、トロいところのある中学生、そしてひねくれていて素っ気ない女の子が登場してと「あぁ、いつも通りの重松清だな」と高を括っていたのですが、見事に予想を裏切られましたね(笑)

本作は小説家である〈センセイ〉のもとに〈タケシ〉と名乗る少年から、手紙が届くことから始まります。タケシはセンセイに対して「僕たちの物語を書いてほしい」と頼みます。本作はその、センセイがタケシからの手紙を元に、彼らを現在執筆集である「ゼツメツ少年」という小説の登場人物として登場させるという、いわゆるメタ表現を用いた作品です。

しかも、かなり複雑な物語の構造をしていまして、僕は最初、<センセイ>のことを重松清本人だと思って読んでいたのですが、一番最後で<センセイ>もまた、架空の世界の登場人物の一人であることが明かされたりと、最初は読み終わったときに少し混乱してしまいました。ソフィーの世界という哲学入門書と似た感じですね。

そして、なんと本作には重松清の小説の登場人物たちが登場してきます。僕も重松清の小説の中でも、特に印象的だったキャラクターたちがたくさん登場したのが凄く嬉しかったですね。重松清のファンである人ほど、感激すると思います。

あの小説に出てきたあのキャラクターのその後が描かれているので、それだけでもファン必見だと思います。

また物語のメッセージ性としても、重松清が得意とするイジメや、親子の愛情などがふんだんに盛り込まれており、終盤の展開には強く感動させられます。

ゼツメツ寸前の子どもたちが生き残る為に「海」を目指す物語

主要人物は、小学2年生のときに母を亡くした父と2人暮らしをする正義感の強い小学5年生のリュウ。

兄からの酷いイジメを受け、学校にも家にも居場所が無く、家出を企てるトロい中学生のタケシ。

そして両親から亡き姉の代理品のように扱われる、ひねくれた性格の頭の良い女の子であるジュン。

物語はこの3人が、不登校の生徒をターゲットにした教育プログラムの化石発掘の活動に参加して出会うことから始まります。

リュウは正義感が強く、イジメなどを絶対に許せない少年であり、学校でイジメられていたニシムラを助けるために、イジメの首謀者であるウエダと決闘して、二度とイジメを行わないことを約束させます。

しかし、ウエダたちから「いい子ぶっている」と反感を持たれて、今度は自身がシカトされるというイジメを受けるようになります。最初はウエダたちだけでしたが、次第にイジメはエスカレートしていき、助けたはずのニシムラからもシカトされるようになり、さらには自宅に嫌がらせの留守番電話や手紙まで届くようにになります。

彼は化石採掘の場で、無愛想で素っ気ない女子のジュンと、中学生なのに2人よりも頼りない感じのタケシとひょんなことから親しくなります。ジュンはリュウに対しては冷たいんですが、なぜかタケシに対しては優しいんです。

タケシは二人に対して、「俺たちはゼツメツ寸前だから、かつて陸上に住んでいたけど、生き残る為に再び海へと戻っていった、原始クジラのように家出をしよう」と持ち掛けます。

最初のあらすじはこんな感じであり、よくある感じのシゲマツワールドだなと思いました。

ところでクジラって、最初は陸に住んでいたんですね。初めて知りました。最初は海に住んでいたけど、陸に上がり、そしてまた再び海へと帰っていった生物と言えばシーラカンスを思い浮かべるんですが。

リュウが助けてあげたニシムラがウエダに媚びへつらって、恩人であるリュウを裏切るという、疾走のテツのようなキャラクターであり正直言って、リュウと同じく腹立たしくも思ったのですが、しかしこういう「ズルさ」というのも、重松清の作品の登場人物の「人間らしさ」であり、綺麗事だけでは説明しきれない人間の魅力なのだと思います。

3人を導く「小説の世界」の登場人物たち

リュウもジュンも居場所を見つける為に、タケシの家出計画に参加することを決意します。

3人がタケシの両親が不動産会社が所有するビルをアジトにしようと向かうのですが、その途中でタケルはリュウとジュンと後に合流することを約束し、別れることになります。そしてこの辺りから、重松清の他の作品の登場人物が出てきて、どこか幻想的な雰囲気を醸し出します。

タケルが海水浴で遊んでいる小さな男の子と、その母親に不審者として間違えられるのですが、それを助けるために飛び出してきたのが何と「エイジ」のツカちゃんだったのです!

ここでまさかのツカちゃんの登場には驚きましたね。21歳で結婚してて、しかも子供までいるのですから(笑)。ツカちゃんはタケシたちが家出をしていることを知り、家出なんて絶対にやめるように迫ります。何とツカちゃんは高校生のときに二人暮らしの母親と喧嘩をして家出をし、そのまま母親が急性心不全で亡くなってしまっていたのです。その過去から、家出をしている3人を絶対に引き留めようとします。

ここでタケシはツカちゃんに対して心を開き、自分の事情を告白します。

兄から酷いイジメを受け続けてきたこと、両親からも嫌われていること、学校にも家にも居場所が無いこと…

ツカちゃんはそんなタケシの兄に対して、本気で怒り、不器用な生き方しかできないタケシのことを好きだと言ってやります。

「へたくそだよなぁ」

ツカちゃんはぽつりと言った。「なにが?」とタケシが訊くと、「おまえのこと」と顎をしゃくる。「生きていくのがへたくそなんだろうな、って」

そうだと思う。自分でも。

「でも、俺は、どっちかっていうと、そういうヤツのほうが好きだけどな」

ここら辺の描写は、「ツカちゃんならそういうだろうなぁ」と乱暴者だけど、こまやかな優しさを持つツカちゃんらしさで良かったですね。またタケシが兄から酷い目に合わされても、それでも兄のことを憎むことが出来ないのも、いじらしくて胸を打たれました。

リュウの母親のお墓参りに向かった、リュウとジュンも、もこもこ雲を撮影していたきみの友だちエミちゃん!と出会います。ジュンは初めて読んだときから、重松作品によく登場するツンデレ系のヒロインだと思っていたので、似たもの同士のジュンとエミちゃんの邂逅は感慨深いものがありました。

リュウもジュンもエミさんとの会話の中で、死んだひととの時間は、生きていると、どんどん短くなっていくという話をします。

「人間って、悲しいよ。大好きなひとが死んじゃうことも悲しいけど、そのあと、もっと悲しいことが待ってるから」

なんだと思う?とエミさんは訊いた。ジュンは黙っていた。リュウは答えたくてしかたなかった。わかる。きっと、これが正解だと思う。だが、エミさんはリュウには訊いてくれなかった。ジュンの沈黙も、なんとなく、わからずに黙っているのではなく、答えがちゃんとわかっていて、それを言いたくないから口を閉ざしているような気もする。

「忘れちゃうことだよね」

母を亡くしたリュウも、そして後に語られる、姉のアンナを亡くしたジュンも、共に家族を亡くした経験があります。その二人を導く存在に最も相応しいのが親友を亡くしたエミちゃんであるのには納得でした。

僕も子供の頃に一緒に暮らしていた祖母を亡くしてるですけど、死んだ直後はまだ祖母が生きているような感覚が残っているんですけど、時間が経つごとにそういう感覚は薄れていって、祖母ことを思い出す時間って、どんどん減っていくんですよ。

生まれてからの人生でずっと一緒ったひとがいなくなってしまっても、時間は容赦なく進んでいき、一緒にいた時間は残りの人生の中でどんどん短くなっていくという感覚には強く共感しました。

エミさんとの交流を経て、リュウとジュンの仲も少しずつ親密になっていき、後に不良に絡まれているタケシを助ける「ナイフ」の父親など、重松清のファンとしては印象深かったキャラクターがさらに登場してきて、ファンとしては感無量でした。

しかし、ここで美由紀という見たことのないキャラクターが登場します…

「居場所」とは何か、親が子に求めるただひとつのこととは

ジュンはエミさんや、「ナイフ」の父親”ナイフさん”、そして美由紀との交流を経て、少しずつ頑な態度を溶かしていき、過去に公園でタケシと出会ったことがあることを告白します。

地球はみんなのものだから—。

どこにいたっていいんだよ—。

じゃあな、ボール、サンキュー—。

ジュンにはアンナという姉がいたのですが、亡くなってしまい、どうしても子どもが一人は欲しかったので、その後釜のように産まれたのがジュンだったのです。

両親はアンナが好きだったものだけをジュンに買い与え、ジュンのことをまるでアンナのようにしか見ようとしません。ジュンはそんな両親と姉、そして透明人間のような自分が大嫌いだったのです。

自分の居場所が無いと悩むジュンに対して、タケシが何気なく言ったこの言葉が、ずっとジュンにとっての支えであり、だからこそジュンはずっとタケシに対しては好意的だったのです。

そしてこの辺で、本作の物語構造の全容が明らかになる、衝撃的なネタ明かしがされるのですが、重大なネタバレとなる為、詳細はご自身で確認してください。

僕が本作の中で最も好きなシーンが、リュウが父親と対面し、その父親が美由紀に対して語りかける場面なんです。

「生きてほしい…ずっと、ずっと、生きてほしい…夢なんかなくても、優しくなくても、正義の味方なんかじゃなくてもいいから、生きていれば…明日、夢が見つかるかもしれないし、明日、自分が自分であるという誇りが持てるかもしれない。それでいんだよ」

このシーンは重松清の多くの作品の中でも、親が子を思う気持ちという普遍的なテーマでもある「ただ生きていてくれればそれでいい」というメッセージで強く感動しました。流星ワゴンでチュウさんが息子を死なせないでください、と懇願する場面が思い浮かびました。

またこの場面の時点で、リュウやジュン、タケシたちがどうなったのかが既に分かっているので、なおさら切ない場面でもあります。

総評

本作は”かつてない重松作品”の触れ込みどおり、今まで体験したことのないシゲマツワールドを体験することができます。かなり複雑な物語の構造になっていて、決してハッピーエンドとは言えないエンディングではあります。

また重松清の他の小説を読んでいないと感動が半減してしまうかもしれません。

しかしそれでも、イジメ、居場所のない子供、親が子を思う気持ち、そしてなぜ人間は想像力を使って物語を紡ごうとするのか、など重松作品の特有のメッセージ性はしっかりと感じることはできます。

重松清の作品が好きな人には是非手に取って読んでみてもらいたい、夢と現の境界線が曖昧になる、幻想的な感動巨編です。

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