【小説】4人家族が当たり前だった時代:一人っ子同盟 重松清

ノブとハム子は、同じ団地に住む小学六年生。ともに“一人っ子”だが、実はノブには幼いころ交通事故で亡くなった兄がいて、ハム子にも母の再婚で四歳の弟ができた。困った時は助け合う、と密かな同盟を結んだ二人は、年下の転校生、オサムに出会う。お調子者で嘘つきのオサムにもまた、複雑な事情があって―。いまはもう会えない友だちと過ごしたあの頃と、忘れられない奇跡の一瞬を描く物語。

一人っ子が珍しかった昭和の時代を描いた切ない物語

本日紹介するのは、重松清の一人っ子同盟です。本作は一人っ子がまだ珍しかった昭和の時代が舞台になります。父と母の3人家族の一人っ子である小学6年生の大橋信夫、”ノブ”は同級生であり母子家庭の一人っ子である気の強い女の子の藤田公子、”ハム子”とクラスで二人だけの”一人っ子”として”一人っ子同盟”を組むことになります。そんな彼らの住む団地に”オサム”という小学4年生の嘘ばかりをつく男の子が引っ越してきてきます。彼ら3人を中心に、様々な「家族」の形が描かれていきます。

本作の舞台となっている時代は昭和なんですが、この時代って一人っ子が珍しい時代だったんですね。戦争が終わってからまだ30年程度しか経ってなくて、減った人口を増やすためでもあったのでしょうか、子供を一人しか生まないなんて非国民も同然だという、現代の観点からみるとフェミニストの方々から非難轟々は必死であろう(笑)という価値観が当然のようにまかり通っている時代です。

少子高齢化が叫ばれている昨今ですが、4人以上の家族が当然であった時代って、一体どれだけ子供の数が多かったんでしょうね?一人っ子に対する偏見も「ワガママ」だとか「ひ弱でたくましさに欠ける」だとか僕の母親がよく言ってるようなこととそっくりな言葉が出てきて思わず笑ってしまいました(笑)。

その他にも学校の名簿に、名前だけじゃなくて電話番号、血液型、家族構成まで載っているというのが昭和という時代を感じさせました。僕は平成の一桁生まれなんですが、僕が学生のころまではまだ学校でクラスメイトの電話番号は配られていたんですけど、今はどうなんでしょうね?

さすがにプライバシーの侵害とかで今は許可されてないと思うんですが…

あとこの時代は、大人が他所の子供を家に泊めてやったり、自分の子供ではなかったとしても大人が子供に対して躾を行うことがそれほど珍しくない時代だったみたいですね。

僕が子供の頃には、「AさんがBさんの子供を叱った」なんて話が流れたら、親同士がピリピリして険悪になるのは珍しくなかったのでなるべき他所の家に泊まったりすることは止めるように、親からはいつも言われてました。

家族が「いなくなる」とは

ノブは父と母の3人家族ですが、元からそうであったわけではなく、彼には2歳年上の兄、”和哉くん”がいました。

しかしノブが4歳の頃に母とノブの目の前で、”和哉くん”は交通事故で亡くなってしまいます。それ以来、父と母の3人家族として生きてきたノブですが、彼は4歳の頃の記憶がまだ物心がついていなくて憶えてなく、”和哉くん”という兄が存在したのだということもいまいち実感することができません。

こういう家族の人数が減るというのは、どんな感じなんでしょうね?僕は父と母と兄の4人家族でずっと過ごしてきましたし、正直言って4人が離れ離れになるだなんて想像したこともありません。ノブのように物心がつく前に身内の死を経験すると、そもそも最初から存在しなかったかのように感じてしまうのでしょうか?自分の物心がついた頃の年齢って、あまりはっきりと憶えていないんですが…

ノブは自分の兄のことを「兄」として認識できず、6歳の”和哉くん”としか認識することが出来ません。僕も、もしも自分の兄が早くに亡くなってしまい、自分がその年齢を超えたときには、兄のことを「兄」として、果たして自分は認識できるのだろうかということは考えさせられましたね。

仏壇の写真は六歳の頃のものなので、「お兄さん」「おにいちゃん」という感じはしない。生きていればこの四月から中学二年生なんだ、と理屈ではわかっていても、ぼくを追い抜いて大きくなった姿なんて、ちっとも想像できない。かといって、写真を見ても、もちろん「弟」にはならない。「和哉くんという六歳の子ども」としか呼びようがないのだ。

家族に「なる」とは

ハム子は、保険会社と夜のスナックで働く母親と二人で暮らす母子家庭の一人っ子です。彼女は大変に気が強く、小学1年生の時に転向してきて、名前を黒板に書いた際に公子の字がハム子に見えて、そのことをノブが声に出していってしまったことから”ハム子”というあだ名が定着します。

彼女は運動神経も抜群で頭もよく、気が強くて特に男子に対して非常に風当たりがキツイ女の子です。こういう男子よりも強い女子というのも小学校あるあるですね。小学生ぐらいの頃ってまだ女子の方が体力的に強かったりするので、僕もよくイジメられました(笑)。

小学6年生の時に彼女の母親が、”陽介”という4歳の小さな息子を連れた”村山さん”という一人の男性と再婚します。それによって彼女には”父”と”弟”という家族が出来ることになるのですが、彼女は二人を家族として認めようとせず、常に余所余所しい態度をとり続けます。

村山さんも陽介も、ハム子のことを「娘」として「姉」として家族になろうと歩み寄ろうとするのですが、ハム子は頑なとしてそれを拒み続けます。こういう連れ子との関係が上手くいかないのってよく聞く話ではあるんですけど、物心ついた頃から片親や姉弟がいなかったりすると、やっぱり心理的に後からやってきた人間を「家族」として受け入れることって難しいんですかね?家族ではない赤の他人と、「家族」になるというのも、結婚を除けばまるで実感が湧かない感情ですね。今から急に「妹」が出来るなんて言われてもどう接したらいいのかわかりませんからね。

ハム子が男子に対して態度がキツイのは身内に異性が存在しないことも大きな理由だと思います。友人にせよ、恋人にせよ、身内の存在を基本として人間関係を育んでいくものだと思いますから、そういう存在がいないと他人に対してどう接すればいいのかがわからないんだと思います。

家族が「いない」とは

最後に紹介するオサムは、ノブの住む団地に引っ越してくることになる小学4年生の男の子です。

この子はハッキリ言ってウザいという言葉に尽きる子供です。初対面の頃から馴れ馴れしく、場にそぐわないようなテンションや言葉遣いをして、息をするように嘘をつく子供です。

初対面の時からノブとその家族に対して無神経なことを言って悪感情を抱かせ、学校ではいつもすぐバレる嘘をつくため「オオカミくん」と呼ばれて誰にも相手にもされません。ノブもそんな彼に対して最初は腹を立ててたのですが、オサムの家庭の事情を聞いたことから、なるべく彼に対して優しくしてあげようとします。ノブはある事情によって生まれたときから父と母を亡くしており、親戚の家をたらい回しにされている「みなしご」だったのです。

ノブには嘘を平気でつく以外にも親戚をたらい回しにされている原因のある悪癖が存在するのですが、途中でノブからその悪癖を咎められた際にも、また嘘をついてしまいます。その裏切られたことを悟った時のノブの様子は見ていて、心にクルものがありましたね。僕自身、嘘をついて周囲を失望させた経験が沢山あるので。

オサムと目が合った。今度はぼくのほうが、あーあ、とため息をついて、笑おうとしたら、目から涙があふれ出てしまった。

でもオサムも「本当の」孤独になってしまうのが怖いから、嫌われてもいいから嘘をついてでも誰かと関わりたいと思っているんです。ノブもそのことに気づいたからこそ、これほどまでにオサムに対して感情的になるんだと思います。

家族が「いなくなる」も「なる」もどちらも想像が難しいですが、生まれたときから家族が「いない」というのはちょっと想像を絶していますね。施設などで育った子供の場合は、周囲に同じ境遇の子どもがいるから寂しいとは思わないのでしょうか?それとも家族が欲しいと思うのでしょうか?

大人から見た一人っ子とは

ここまではずっと子ども目線から家族を見てきたのですが、ノブが途中でふとあることに気づきます。

一人っ子の両親は、ふたんはウチの中で子ども同士がしゃべっているのを聞くことはできないんだ。

この点は兄弟がいる僕にとっては新鮮な観点でしたね。確かに年の近い兄弟がいれば、子ども同士の会話や喧嘩を間近で見ることが出来るので、親も自分の子どもが普段、学校で友達とどのように関わっているのかがある程度は想像できると思うんですけど、一人っ子の場合はそれが出来ないんですよね。

僕の母もよく、「一人っ子の親は過保護だから、子どもはワガママな人間になる」と昔からよく言っていたんですけど、親もきっと一人だけの子どもだから可愛くて甘やかしてしまうという気持ちだけではなく、複数の子ども達という状況にイマイチ実感が湧きづらいのだと思います。

一人っ子の親にとっては、子どもが「一人だけ」の状況こそが日常ですから、結果として世間の常識とは少しズレた子供の育て方になってしまうのではないかと思います。

総評

ノブ達が住む団地の近くにある公園では、限られた条件の間でのみ見ることが出来る「奇跡の3分間」という美しい夕暮れが存在します。この美しい夕暮れはもう二度とは帰ってこない少年時代の思い出とオーバーラップして、何とも言えない切ない気持ちとなります。

一人っ子の方はもちろんですが、重松清の作品が好きな方は、そんな切ない記憶を呼び覚ましてくれる本作を一度手に取ってみてはいかがでしょうか。

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