【小説】近未来の職業安定所の日常を淡々と描いたSF:未来職安 柞刈湯葉

99%の“消費者”と1%の“生産者”。平成よりちょっと先の世界。完全自動運転、ネコッポイド、警察ロボ、配達渡し鳥…いろんなことがオートの近未来、国民には厚生福祉省から生活基本金が支給されている。労働の必要はないけれど、職安の需要は、まだまだ健在。ヤクザみたいな風貌の職安経営者・大塚さん、女性事務員・目黒のもとに、仕事を求めて今日も妙なお客さんが現れる―。常識をくつがえす近未来お仕事小説。

 99%の消費者と1%の生産者によって構成されたユル~い近未来の日常

今日、紹介するのは柞刈湯葉さんによる近未来SF小説の未来職安です。科学の発展によって、仕事の多くが機械によって代替され、全人口の何と99%が働かない〈消費者〉となり、1%の人間だけが仕事を独占する〈生産者〉となるという、まるで現代の労働者と資本家の関係が逆転したという近い将来には起こりえる「かも」しれないと思わせられるような絶妙な世界観が特徴的です。主人公である目黒奈津はそんな数少ない仕事を供給する職業安定所に勤めており、猫なのに職安の「所長」を務めるスコティッシュフォールドの猫と文明社会なのに機械嫌いの変わり者の大塚と共に仕事を求めてやってくる顧客との日常を描いた作品です。

本作の世界は平成から半世紀以上先の時代の日本が舞台となっており、仕事を持っている生産者は数少ない仕事を独占して賃金を得られる富裕層であり、99%の消費者は国から支給される生活基本給によって慎ましく暮らすというまるで社会主義めいたようなちょっとしたディストピア社会です。

しかし作風は最初から最後まで一貫してユルい雰囲気であり、社会批判といった哲学的な要素や社会変化の為に立ち上がるといったドラマチックな展開は存在しないため肩の力を抜いて楽しむことが出来ます

ただしその分ストーリー展開としては平坦であり、強いメッセージ性のようなものを期待して読むと肩透かしを食らうことになるかもしれません。

世界の富を1%の人間が独占して、残りの99%は労働者としてそれを支えているとされる現代社会から考えると、1%の人間だけが仕事につき、残りの99%の人間は働かないというのは数字だけを見るとかなりインパクトのある設定なのですが、しかし昨今のAmazonなどの台頭や、AIの進歩により仕事が奪われるかもしれないという情勢などを考慮すると決してあり得ないとは言い切れないと思わせられるのが何とも絶妙な世界設定だと思いました。

ユル~い登場人物たち

主人公である目黒奈津は20代半ばの女性であり、少し複雑な家庭事情を抱えた困っている人間を見捨てることができないお人好しな性格です。彼女は元々県庁に勤めていた生産者であり、「責任を取って辞めること」が目的であるという何とも奇妙な部署にいたのですが、ひょんなことから運悪く「責任を取って」辞職する羽目になってしまいます。ある家庭の事情から生産者でいないと困るという彼女に対して職場の先輩は、「猫アレルギー」が存在しないことが条件の機械を扱うことができる事務員を募集していた時代遅れの旧式の職業安定所の経営者である大塚さんを紹介し採用されることになったという設定です。

本作は彼女と経営者の大塚さん、そして「所長」の肩書を持つスコティッシュフォールドのオス猫の3名を中心として話が展開していきます。

しかし前述したように話の展開は非常に平坦でユルいものであり、主人公が抱える家庭の事情によって話が暗くなるといったことは無く、上司である大塚さんもヤクザのような風貌の変わり者ですが決してアウトローな人間ではなく、むしろ仕事を求めてやってくる「顧客」に対しても鷹揚な態度で迎えます。

そんな大塚さんの愛猫である「所長」は、この世界では珍しい存在である生身の怠惰な普通の猫であり、この作品を象徴するようなゆるキャラです。なぜ猫が所長なんて肩書を持っているのかというと、大塚さん曰く、

猫は働かなくてもいいなら、働かないという合理的な態度を貫いてる分、人間よりも生物として格上だ」という何とも理解できるような、矛盾したような屁理屈のような理由(笑)であり、ある意味この作品の顔とも言える存在です。

もしも現実にこんな世界になったとしたら

本作の世界では仕事の殆どが機械によって代替されており、運送は鳥型ロボット、警察はひょうたん型ロボット(可愛い)、主人公が務める職業安定所でさえ機械によって代替が進められており多くの仕事が機械に奪われてしまったという世界です。

そしてその残っている仕事さえ主人公が務めていた「誰かが責任をとって辞職し、人々の溜飲下げるため」というものをはじめ、「飲食店の前にたって宣伝を行うこと」「不必要な職業を作って、不当な税金が投入されていないかを監視すること」など現代の我々から見れば何とも奇妙な、別の言い方をすれば人間臭いようなものばかりです。

科学の発展によって機械が人間の仕事を代替するようになるのとは対照的に、社会に対して人間味が求められるようになるというのも奇妙なものですが、それに対する鋭い考察として

「そうだね。たしかに自然界の理不尽は科学技術で大体追いやったわけだけど、いくらガンの死亡率が1%以下になっても、その1パーセントに該当した本人や家族にすれば、どうしようもなく理不尽な100%なんだ。だから、そういう理不尽の責任を投げつけられる相手ってのが、いつの時代も必要なんだよ。」

というのはなるほどと思いました。人間は確かに何か問題が起きた際には、「なぜこんなことが起きたのか」という原因を突き詰めたがる性質がある生き物であり、問題が分からないままにして放置しておくことに対して居心地の悪さを感じるものです。

本作の世界のような、科学の発展によって遺伝的な病気やアレルギーなども取り除くことができ、たとえ生産者になれなくともそれなりに平和で快適な生活を送ることが出来る「完璧な」社会に近いからこそ、もし万が一何らかの事故が起きた際には、その事故によって社会の「不完全さ」が際立ってしまい、それに対する責任の所在を求めたがるのだと納得しました。

ベーシックインカムのような制度が施行され、AIの発展により人間の仕事が奪われ、Amazonのような大資本によって小売を必要としないような機械化、効率化、合理化が推し進められていくと、もしかしたら近い将来にはYoutuberなどのような娯楽を提供する仕事が主だった職業として扱われることになるかもしれません。(まぁ現実には人口問題など、ここまで都合よくはいかないでしょうが)

そういう意味でも本作に登場してくる仕事は滑稽で奇妙なものなのですが、どこかなるほどと思わされてしまうような妙な説得力もあります。

総評

繰り返し書く通り、本作では特に見せ場といったものは存在しません。「もしかしたらありえるかもしれない」という近未来の社会と日常を淡々と描いた作品です。

その為、そうした社会に対して何らかの強い危機感を抱いていて、何らかのメッセージ性を求めている人には余りお勧めは出来ませんが、気張らずに架空の近未来を体験したいというかたは一度本作を手に取ってみてはいかがでしょうか。

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